「風待ち港」がビジネスの舞台に
熱海・網代で広がる人のつながりと事業創出2026.0121
効率やスピードが求められる時代だからこそ、少し立ち止まり、対話する時間の価値が見直されている。かつて「風待ち港」として栄えた熱海市の網代地区は、「待つ文化」を育んできた。その風土は今、ビジネスの発展と人生の豊かさを両立できる場所としてポテンシャルを秘めている。そして、特に注目を浴びているのが、2024年8月に廃校をリノベーションして生まれた交流拠点「AJIRO MUSUBI(網代むすび)」だ。
廃校をリノベーション 人と街を結ぶ「AJIRO MUSUBI」
熱海の中心部から約8キロ。熱海市の南部に位置する網代は、港町の風情を残す。街の象徴は「干物」。豊かに降り注ぐ日の光と山から吹き抜ける乾いた西風が絶好の条件となっている。
ただ、食文化の変化や後継者不足といった逆風を受け、干物店の数は減少している。国内外からの観光客でにぎわう熱海駅周辺と比べると、網代の街並みは少し寂しげに映る。
しかし、網代は今、大きく変わろうとしている。新たなシンボルとして存在感を示しているのが「AJIRO MUSUBI」だ。廃校になった旧網代小学校をリノベーションし、人と街を結ぶ交流拠点として2024年8月にオープンした。施設を運営する一般社団法人 あじろ家守舎の代表理事・山﨑明洋さんは、「地域の人たちが集まったり、網代以外の人たちを地域とむすぶ場所です」と紹介する。
4階建ての旧校舎のうち、1階と2階が「AJIRO MUSUBI」のスペースとなっている。1階はカフェや食堂、イベントを開催できる地域交流スペースや子どもたちの遊び場などのコミュニティスペース。2階はワーキングスペースで、オフィスやコワーキングルーム、研修や会議の部屋を設けている。

企業が研修や会議で活用 網代ならではのプログラムも提案
貸会議室は元々、校長室だった。現在は、10~15人の会議や少人数の交流スペースとして活用されている。ミニキッチンが隣接しているため、食事をしながら懇親を深められる。保健室だった貸し研修室はグラウンドと面していて、優しい光が差し込む開放的な空間となっている。プロジェクターも用意されており、30人規模の研修やオフサイトミーティングなどで企業が利用している。

実際に研修で利用した企業からは、首都圏から近く、中京圏や関西からも交通の利便性が高いアクセスの良さを利点に挙げる。また、熱海市の中でも網代ならではの良さも感じたという。網代には、シングルユースをメインとする宿泊施設は少ない。山﨑さんが複数人で泊まる一棟貸しの宿を紹介すると、初めは難色を示されても、宿泊してチェックアウトする時には感謝される。
「研修が終われば、みんなで一室に集まり、お酒を酌み交わしながら交流を深める。その雰囲気はまるで、学生時代の修学旅行。そんな高揚感の中では、普段の仕事中には出ないような本音や思いが、自然と溢れ出します。「個室にしなくて、本当に良かった」 そう言っていただけるほど、壁のない空間が、心の垣根をも取り払ってくれるのです。企業の研修では3日、4日と連続して泊まるわけではありませんし、シングルユースならばわざわざ熱海に来なくてもいつでも経験できますから」
希望があれば、独自の研修プログラムを組むこともできる。過去には地域課題をテーマにした研修を行い、研修後網代名産の「干物」のバーベキューや、昭和の雰囲気を漂わせるスナック巡り、オーシャンビューを満喫できる公園での青空会議を盛り込んだ。山﨑さんは「場所を貸すだけではなく、網代だからこその体験もプラスして満足度を高める心掛けをしています」と話す。
事業と産業を創出 「網代の価値を掘り起こし、関わるすべての人に幸福な循環をもたらす」

一般社団法人あじろ家守舎を立ち上げた山﨑さんは、網代で生まれ育った。大学卒業後は都内に就職。2020年に網代へUターンしてきた。その際に、自身の子どもの頃と比べて通りから人が減り、まちの活気が失われていく状況に寂しさや不安を抱いた。そんな最中、今回の廃校の活用の話が持ち上がった。
「あじろ家守舎の目的は、事業と産業をつくり出すことです。働く場所がないと人は増えませんし、新たな産業や事業が起こらないと街は潤いません。その拠点となるのがAJIRO MUSUBIです」
そのためには、地元の理解や協力が不可欠となる。山﨑さんは地元出身のアドバンテージを生かし、賛同者を増やしていった。
「AJIRO MUSUBIは、網代の外から新しい風を吹き込むプレーヤーと、この街を支えてきた地域の人々が手を取り合う「結び目」です。 私たちの目的は、ここを拠点に新たなビジネスが生まれること。しかし、それは街の方々の理解と協力があって初めて、本物の事業へと育ちます。 この場所を通じて、眠っていた網代の価値を掘り起こし、挑戦しやすい土壌を耕すこと。そこから生まれた事業が街に活気を与え、関わるすべての人に幸福な循環をもたらす。 私たちは、そんな「100年先も愛される網代」を、共に創り出します一般社団法人あじろ家守舎」のメンバーは、単なる支援者ではありません。私たち自身がこの街で自ら事業を立ち上げ、日々商いを動かしている実践者です。まずは自分たちが先陣を切って事業をカタチにすること。その姿を見せることで、網代で挑戦する人を一人でも増やしていきたいと考えています。 地元の懐に飛び込み、自ら道を切り拓いてきた私たちだからこそ、網代と縁がなかった方の挑戦にも、血の通った「橋渡し」ができると確信しています」
漁業が盛んな「風待ち港」 待つ文化が人生を豊かに

最近、網代での起業や二拠点生活は増えてきている。仕事終わりや休日に釣りやジョギング、山歩きや新鮮な海の幸など、満喫しているという。
山﨑さんは「網代にある当たり前の日常が、実は都会では味わえない特別な日常」と表現する。そして、「網代の日常を知った人たちは、地元の人たち以上に、網代を好きになっているかもしれません」と語る。
実は、網代には“外の人”を受け入れる文化があった。古くから京、大阪に江戸、網代といわれ江戸までの「風待ち港」として栄えていた。江戸へ向かう船は風が強い時には網代で寄港し、逆に風がないときは風を待ち出発する。1日に70~80隻もの船が網代港に寄港していたといわれる。山﨑さんは、この「待つ」というコンセプトにこそ、現代で失われている価値があると考えている。
「ネットで注文すれば翌日には物が届き、電車の数分の遅れさえも許容できない。 私たちは今、あらゆることに効率を求め、「待つこと」を嫌う時代を生きています。 けれど、そんなに急いで、私たちはどこへ向かおうとしているのでしょうか。網代には、人間の都合ではコントロールできない時間が流れています。潮が満ちるのを待つ。干物ができるのを待つ。恵みの魚が、網にかかるのを待つ。自然の営みは、急いでも早まることはありません。しかし、その「待つ時間」をじっと味わう中で、尖っていた心は丸くなり、人は本来の自然体へと回帰していくのです。効率を優先して削ぎ落としてきた「余白」の中にこそ、本当の幸せが隠れています」
日々を振り返る時間なく慌てて過ごし、人生を振り返る心の余裕もない。会社では部下の作業を待てずに上司が口を出し、家庭では子どもの成長を保護者が待てないでやってしまう。そんな生活に、網代は問いかける。― ちょっと、待ってみませんか?と。

空き家活用の事業も進行中 100万プロジェクトで変革
「あじろ家守舎」では、「AJIRO MUSUBI」を拠点にしながら、空き家を活用した事業も進めている。100戸の空き家を再生し、100人の活動者を集め、100個の事業を生み出す「100万プロジェクト(100の3乗)」で網代を変革しようとしている。山﨑さんは言う。
「網代の外から来た人たちが挑戦し、その挑戦を網代の人たちが応援する仕組みをつくりたいと思っています。そのために、私たちが、人と人、人と街をつなげる役割を担います。ビジネスによって経済的な面だけではなく、心も豊かになる街にしたいですね」
網代は「待つこと」を受け入れて、人と向き合う余白を大切にする。その在り方は、効率やスピードが重視される時代だからこそ、これからのビジネスや働き方に新たな示唆を与えている。AJIRO MUSUBIを起点に広がる挑戦は静かに、しかし確かに、まちの未来を結び直そうとしている。
